やっぱり気になる?リア充度
成分分析や脳内メーカーなど、これまでもネット上で多くの分析モノが流行ってきたが、拡大し続けるツイッター上にも当然のように登場。
ツイッターのアカウントを入力すると「私のリア充度は●%です!」「私の非リア充度は●%です!」と瞬時に判定してくれる「りあじゅったー」に「非りあじゅったー」、盛り上がり方もツイッター的だった。
【データは2010年2月8日15時40分現在】
結果をそのままつぶやけるようになっているため、判定してはつぶやき、それを見た誰かがまた判定してつぶやく…というループが生まれアクセスが殺到、一時期サイトに接続できなくなっていた。
分析内容は実に単純ながら、ついつい気になるらしい「リア充」度。
・なにこれあたる〜数字がリアルだよ!たくあん臭いって言われるしっ
・あはは、リア充度11%ときたか。ええ、どうせ仕事ばっかしてますよ〜
・こんなにつながりにくい「りあじゅったー」で結果が出る時点で、リア充度低め
恋人や友人関係など現実の生活(リアル生活)が充実しているという「リア充」、何をもって「充実している」とするかは人によって違う模様。さらに学生時代にはネットも携帯もなかった世代から見れば、リアルだバーチャルだという線引きがなかった時代と比べて「充実」の受け止め方が違うような印象もある。
そこでブログ上での普段の語られ方を見てみると
・明日はサークルの友達とスケートというリア充っぽいことをしてくるのですが
・今週は飲み会が3つもあって大変←ここらへんはリア充っぽい
・学校から女の子と一緒に帰ってきた。うわ、俺、リア充みたいだ!
といった表現のように、リア充であることになんとなく「照れ」ている感じを受けるのだ。
逆の立場(非リア充)から
・バレンタインコーナーにあふれるリア充爆発しろ!としか言いようがない
・バイトしてるみんながリア充に見える〜
・飲み会で突然リア充申告(彼女できたらしい)。リア充また増えたよ。あーヤダヤダ。
など否定的・攻撃的な単語と共に使われることが多いので、そういう視線に配慮したうえでの「照れ」の表現になるのだろうか。
「リア充」という言葉をサラッと使える世代とそうでない世代の間には深〜い溝がありそうな気もするのだが、いつの時代も友達に恋人ができればうらやましいし、自分の恋が実ったらウレシイもの。
・毎日リア充だよ!毎日楽しいもーんもーん!
・あたし今リア充中♪勢いでピアスをあけた!
・ボクは今、確実にリア充の道を進んでいると思う。ヤター!
と青春の高揚感が伝わってくると、なんだかほほえましくてホッとする。
(夏目昌)
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私のリア充度は8%です・・・
投稿情報: 永沢P | 2010/02/13 02:18