絶対にNG、ドメスティック・バイオレンス

アザ

ワイドショーを中心に、ドメスティック・バイオレンス(DV)という言葉がクローズアップされている。きっかけは、俳優・早乙女太一とモデル・西山茉希の泥酔ケンカ。週刊誌によると、酔った勢いもあり、早乙女は西山を“ガードレールに叩きつけた”のだそう。


遠い世界の話のようで、それでいて身近にいくらでもありそうなDV。その実態は、果たしてどうなっているのだろうか。


【データは2012年5月22日16時35分現在】

「DV」と聞くと、構図として思い浮かぶのは、男性から女性への暴力だろう。そして、やはり、そのイメージは相当悪いようだ。

・普段どんなに優しくても暴力使う男はサイテーだと思う
・力が強いのわかってんだから、殴っちゃだめ。理性があるのが人間だよ
・一度でも暴力を振るわれたら、私だったら即離婚。当然でしょ

これらの意見からも分かるように(当り前だが)否定派は大多数を占めている。

では、いったいどうしてそんな“いけないこと”、が起きてしまうのだろうか。DVをする男性側の意見を拾ってみると…

・酔った勢いで彼女をぶっ飛ばしたことがあります
・オンナのほうが口が達者。あんまり言われるとこちらも手がでますよ!

なんて意見も。

誰も進んでDVをしたいわけではないが、“ついカッとなって”と、手が出てしまうことがあるようだ。ただ、このように、自分の行動を反省したり、理論的に分析できるうちはまだ、「マシ」と言えるかも知れない。

なぜならDVの本質は、暴力を振るう側の成長過程における心の傷が関係しているケースが強くあり、加害者が被害者的意識をもっていることにある。「やめたいけど、やめられない」「俺は悪くない。環境のせい」との意見は、DVを題材にしたドキュメントなどで常々語られる言葉である。

さらに、暴力を振るわれた女性側の意見で、

・DVで別れて、寄りを戻したけど、やっぱりまたDV。もう二度と付き合いません
・暴力ふるうってことがわかった時点でソッコー別れました。無理!

という拒絶反応があるのは当然として、

・DVの後、すごく反省して謝っている様子を見ると、つい許してしまって
・たまに暴力はあるけれど、やっぱりすごく好き

といった発言もなくはない。こういった意見からもわかるように、DVを認めている、あるいは認めざるを得ない状況も存在しているようだ。

外野が意見すべきところではないかも知れないが、暴力を許すのは間違いだと論じたいところである。暴力を振るう側も、振るわれる側も、けして幸福とは言えないのだから……。

なかなか表面化されにくいこの負のスパイラルを止められるのは、おそらく周囲の意見や行動。当人は伝えにくい事柄なので、ちょっとしたサインや変化に気付いてあげることが、きっと大切なんだなと。

(山葉のぶゆき/effect)


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