阪神淡路大震災から20年…それぞれの思い

震災

1995年1月19日に起きた阪神淡路大震災から間もなく20年が経とうとしている。

節目の年とあって各種メディアでも多く取り上げられているが、ブログ上でも震災に馳せる一人ひとりの思いが綴られている。

・激しい揺れの後の真っ暗闇、不気味な静寂。あの朝を思い出すと今でも胸が騒ぎだす
・たまたま神戸を離れていて、テレビに映る見慣れた街の様子に絶句するだけだった
・勤めていた会社のビルが倒壊し仮事務所を何度も移転し…不便な通勤のなか業務の
 復旧をした

など、ブログの中のふとしたコメントであっても、一瞬にして景色を変えた大きな地震とその後の長い道のりも重みを感じさせる。

20年という区切りではあるものの、区切りでしかないとも言えるわけで

・忘れてはいけない、というより私にとっては忘れられない出来事なのです
・神戸の復興は早かったと錯覚されているようだが、見た目だけ。いまだに「大震災
 さえなければ」という声が多い
・地震の怖さを伝えるのは難しくても、あの時本当に多くの支えが色々な所から届け
 られたことは伝えていきたい

と地元の人々は常に“復興”“風化”を意識していることが伝わってくる。

ただ復興の象徴として20年続いてきた12月のイベント・ルミナリエは感慨と共にその節目が語られていた。阪神淡路大震災犠牲者の鎮魂のために震災の年の12月から始まったルミナリエ、神戸の中心街を色とりどりの電飾で飾るもので昨年で20回目を迎えた。

・ルミナリエは毎年きますが、やはり阪神大震災の年にこの灯りを見て涙したことを
 思い出します
・震災で大変だった1995年の年末に行われたルミナリエは、復興の象徴のようで感動的
 だった
・もう20回目か…復興のシンボルであるルミナリエがいつまでも続きますように

といった感慨もあり

・もともと鎮魂のためなはずなのに今では屋台が並び年賀状まで売ってて…厳かな感じが
 ないな
・回を重ねるにつれてエンタテイメント要素が強くなってきた。原点に戻ってみては
・ただのイルミネーションスポットではないということを若者に伝えなくては

という視線もあり、地元の皆さんの感情はやはり複雑。

ただ毎年300万人以上を集める魅力があることも確かであり

・プロジェクションマッピング隆盛の今、地味だけど穏やかなルミナリエは教会の
 ステンドグラスのよう
・初めて行きましたが、神戸の人たちの想いや願いが詰まっているようでした
・阪神淡路大震災そして東日本大震災で犠牲になった方々を想って歩きました

という声も目立つ。ルミナリエを訪れる人が多かれ少なかれ大震災に思いを馳せていると考えると、それは大きな力になるとも思える。

20年の時を経た神戸の姿が、4度目のお正月を迎えた東日本大震災の被災地にも希望をもたらす力になりますように。

(夏目 昌)

(平岡あみ/effect)
 

 
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